・ある作品が誰かに「良い」と言われたとき、作り手はどこかにヤバイという感覚を持つべきなのかもしれない。少なくとも単純に喜んではいけない。もし誰かに「良い」と言われたのなら、それは多くの場合、その誰かの既存の価値観に似て、その価値観を補強している。そこに留まってしまうと芸術の契機を欠いてしまう。芸術というのは、その最大の可能性において、それ自身のうちだけに価値の体系を内包し、それ自身の価値の体系によってのみ評価される。だから、それは、他の価値観からの視線に対し垂直に立っている。これは既存の美術史、あるいは他の作品との関係がどうでもいい、ということではない。というか、だからこそ美術史や諸-作品は重要なのだ。
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