「自分には言いたいことが無い」
「書きたいことが無い」
だから自分はだめなのかと不安になる人がいる。

何も無くてスッキリ! しているなら、
それはそれで、いいことだ。

でも、そこで、不安になったり、
一生懸命表現しようとしている人を
斜にかまえて見るのだとしたら、
もしかしたら、「書きたいこと」の意味を
取り違えているのかもしれない。

何か表現しなさいと言われて、
心の冷蔵庫をあける。

そこには、
カニもなければ、松阪ギュウもなく、
ただ、野菜の切れっぱしが貧相に点在しているだけ、
というときに、

フタをしめて見なかったことにするか、

どこか他人の、
あるいは遠いいつかこうありたい自分の、
冷蔵庫の中身を思い浮かべるか、

無いものは無いと認めてどっかから借りてくるか、

無いと認めて取りにいくか、

それとも「有るものでなんとかする」か。

sixohthree:

grain edit · The Swell Season Concert Poster by The Small Stakes

sixohthree:

grain edit · The Swell Season Concert Poster by The Small Stakes

Reblogged from
ralphabetsoup:

I just don’t know

ralphabetsoup:

I just don’t know

Reblogged from Ralphabet Soup
sixohthree:

April Gertler
Reblogged from
 桜ははらはらと散り、蛍は川面をゆらゆらと飛び交い、雪はしんしんと降る。日本人が愛するそれぞれの風景は、そのテンポがすべて同じだというのだ。

 無風状態の時、舞い散る桜の花びらは秒速約五十センチで落下するという。蛍はおおよそ秒速五十センチのスピードで飛び、ぼたん雪も秒速およそ五十センチで降るらしい。つまり一秒間にわずか五十センチしか移動しない。大人が普通に歩く速度は、軽く秒速一メートルを超える。いかにゆったりした動きかが分かる。

 だが、このテンポは本来、日本人が最も好み、日本の美学を育んだテンポなのかも知れない。万葉集以降、桜を、蛍を、雪を愛した多くの歌人、作家、画家がいた。文化人に限らず、その風景が人の心を癒し、やすらぎを与え、日本人の心を豊かにしてきたことは、今残る生活習慣からも容易に想像できる。
Reblogged from .untitled